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2011年6月22日水曜日

幸せの青い鳥はいない。「探索」という行為が「幸福」なのだ。

神に会ったことがある。

あれは2010年の1月2日の朝の夢だった。突拍子も無いことをと言っていると思うかもしれないが、確かに覚えている。

仙人のような姿だった。
当時ニートだったボク。彼に問うた。「全知全能として生きることは楽しいか?」と。
すると心に直接答えてきた。「楽しいに決まってるじゃないか」と。

ボクと神とは価値観がちがう。
不完全でよかったと心から思った瞬間だった。
ファイナルファンタジーXで全てを越えし者を七曜の武器を手にしてさくっと倒したときのむなしさににているかもしれない。

その出来事以来、困難を受け入れられる下地を持てているのだと感じる。

困難や動揺にに対して動じないことはできない。
それは強さではなく、逃げか無頓着。

「逃げ出したい」とかそういう自分の気持ちを知覚して認知していくことでそれを受け入れていく。
そうすると、そう長くかからずにその気持ちは静まりかえる。
そして心が静かになれば自分のできることに手をつけていけばいい。

完全にはなれない、なりたくない。
なぜなら壁を越える喜びと、強くなっていく実感こそが喜びだからだ。その先にあるのは成功なんて陳腐なものではなく幸福。
「できること」が増えることは、その喜びを体現することであるし、成長の証なのだから。

時間がたっぷりるのに、最初からアルテマニアを最初から開くかい?
時間が無いから攻略本を読むんだろ?

2011年4月19日火曜日

雑心

いろんなことがまとまらない。

活動のこと、日本に残してきたこと。

どうしようも無い事だってある。どうにもならないことだってある。

”だけど”

とその後にいっているボクはまだまだ青臭いガキなんだろうか。
そういい続けられていたい、と頑固になってる。

ただそう言っていって誰かを傷つけたくない。それはよくない。

じゃあどやったら”だけど”って言い続けられるんだろうか?

ぐるぐる回る。

2011年1月30日日曜日

目標についての考察

「目標」とは個人やグループ、組織が今後の行動の指針とし、またある一定の結果をえるための的でありめあてである。

ある一定の結果を出すためには目標は具体的であればあるほどいい。
具体的とはつまり数値化・形式化されるということである。

テストで100点とる。
TOEFLでスコア100をだす。
営業で年1千万円稼ぐ。
500万円貯金する。
など

そして、その具体性の上に高次の目標がある。
数値化できない漠然としたものも。ビジョンというべきものだ。
優しい人間になりたい。
誠実な人間でありたい。
英語をペラペラしゃべりたい。
など

つまり、積み木のように具体的目標の上にビジョンがある。と私は考える。
ビジョンに到達するためのツールが具体的目標としてある。

数値化された目標をゴールとしてはいけない。
それが目標である以上一つのゴールであるのだが、その先にあるもの、それを得ることでどんなビジョンに近づくのかを常に心の片隅においていなければおぼれてしまう。

策士策におぼれる。といったところだろうか。

予防方法は
・いくつかのレベル(ダイナミクス)で自分の目標を持つこと。
・短期、中期、長期の視点をそれぞれのレベル(ダイナミクス)にとりいれること
である。

今の私は具体的目標を決めずらいところにいる。これから2年生活する場所を知らないからだ。あまりにも大きい変化がやってくるからだ。

そういう時こそ時間軸やレベル(ダイナミクス)別の目標を見直すときではなかろうか。

2011年1月24日月曜日

気持ちの整理

プレゼンの準備の息抜きに、雑記を。

JOCVの二本松での訓練が本格的に始まって3週間がたった。

午前 8時45分~11時35分 英語
昼食11時35分~13時00分 昼食(この間に会議がある日も)
午後13時00分~14時50分 英語
午後15時10分~17時10分 講座

というスケジュールで動いている。
もうすっかり慣れたのだが、もうすこし時間がほしい。
勉強したいことも、調べたいことも、考えたいことも山ほどある。

やることの整理がついていない段階が今なのだろう。
優先順位がつけられない。だって、どれも大事だろう?あー、欲張りだ(笑) もっと欲出していこう。
楽しいことももっとしたい。もっと追い込みもしたい。今、英語も、パーソナリティーも壁を越えようとしている。その過渡期にいる。
もっとハングリーに。そうありたいからJOCVを選んだ。


ここにはがんばりあえる人たちがいる。それが一番であることには間違いない。

うん、気持ちは整理されてきた。よし、勉強に戻ろう。

2010年10月23日土曜日

国際協力の仕事場

すこし、自分の事を書きます。おつきあいください。

世界は地続きである。

そう思えたからこそ、この世界に飛び込みました。
新卒で就職せずに。
NGOを経て、来年からJOCVでウガンダで仕事をします。
修士での勉強もしたくて、この夏に東大大学院を受験し、幸運にもに合格をしましたが、ウガンダに行く事を選びました。
その理由は
「ドナーでなく、パートナーとして仕事をする」
このコトバにつきます。

「援助者=被援助者」の関係でなく「仕事仲間」としての関係で途上国の人と接していける事が今後の数十年間仕事をしていく中で最も必要なことだと考えました。
知識や仕事力よりもこの「姿勢」が今一番、これから一番必要なものだと感じています。
それがなければ、どんな知識を身につけても、どんなにすばらしい研究結果を導きだせても、私の考えや思いは決して途上国の人たちに届かない。

国際協力の世界で働く上で一番必要なことがその「姿勢」でありそれは現場にいく事で培われていくものだと思っています。

理想は新卒者の就職の選択肢の中にNGOや国際協力業界があることです。
そうすれば、多くの人材とアイディアが国際協力に入ってきます。
そのためには、NGOやこの業界が人材を育てられるだけの基盤を持つ事。
その基盤を持つために財政基盤の確保と教育者の確保がひつようです。
とはいっても、現実問題この世界に飛び込んでも食べていけません。食べていけているのはJICAに新卒で入った方々のみです。

そこに風穴をあけていく。
私の通ったところが獣道ぐらいにはなるだろうと信じて。
多くの人に育てられました。家族や友人、仕事仲間などなど。みんなへの恩返しは国際協力no仕事場で仕事をし続けていく事だと思っています。
”溜め”を持っている私ですから、それを社会に還元して誰かの”溜め”になればと願っています。

2010年5月11日火曜日

Empty Eternity



永遠なものはこの世に存在しない



モノも自然も人の気持ちさえも。




一度獲得したものがずっと手元にあるわけはなく、常に変わり続ける環境や自分の気持ちに人は向き合うごとに主観と客観のギャップに閉口する。



「客観性を常に持つ」なんてことはその実できるわけもなく、”客観的に見つめ直すインターバル”が短いか長いかに過ぎない。しかし、それすら相対化されている。





獲得したスキルも、到達した悟りも、信念も。すべては獲得したその時から、その掌を滑り落ち始める。





だから。変わらないためにボクら努力しつづけなければならない。



変化させないために変化し続けなければならない。





それがモノをなくさない秘訣だ。

2010年1月27日水曜日

Pradaigm Shift

 あけましておめでとうございます。2010年も早1ヶ月も過ぎようというところですが、今年初エントリーです。
 駄文長文です。申し訳ありません。精進します。 

Paradigm Shift(パラダイム・シフト)を理想する。そんな時代を求めるべき時代が来たのだと私は感じている。
 Paradigmとはご存知の方もいるかと思うが、科学史における時代区分の一つの方法論であるが、現代ではそれは技術分野のみならず、政治、経済の分野で広く使われている。
 前エントリーで少し記したが、下らない政争をしていては長期的な国の行く末、その将来にある目的など望めない。
 それに資本主義を変えてなくてはいけない時代がもうすぐそこまで来ている。ネオ・リベラリアン、ケインジアン、はたまたネオ・コン。どの立場にしても「消費」することで動く経済システムの中でのことだ。「消費」することで成長していく(成長しか知らない)経済構造を是正しなくては地球に未来はない。 まずは「消費」と「浪費」を切り離すことからはじめ、その上で、消費の「循環」と「成長」をつなげることが必要である。

例えばナイロン製の衣類を「生産→販売→消費→回収→リサイクル→生産」へ。
   食品を    「生産→販売→消費→(生ゴミ)回収→リサイクル(肥料)→生産」

というように、生産品とリサイクル品が同じ循環なら経済活動としても、環境としても回っていくのではないだろうか。

ペトボトルをフリースのセーターにしてはならないのである。ペットボトルはペットボトルにしなくては。
 私が足りない頭で考えたが、このようなもの以外に思いつかない・・・
資源と経済の効率性を考えた場合、まず間違いなくペットボトルをペットボトルにするよりフリースのセーターにする方がコストは安くなるだろう。だが、フリースのセーターがペットボトルに戻ってくるまでどれだけの数の行程と時間がかかるのだろうか。
少なくとも海や河川の水分が蒸発し、雨になって山に降るよりは時間がかかるだろう。


理想主義は時として行き過ぎたり揺り戻しが大きかったりするなどマイナス面が多々ある。

が。

早急に100年後の資本主義、民主主義のありかたを考え、意見を出す必要が出て来ているのではないか。 今やらなければ100年たってもやらないだろう。

では、何を?
声を上げることだ。多くの人が。
選挙や経済活動ではなく。今のシステムの外側で。

現実はそんなことをしても何も変わらないだろう。
30年経って振り返ってみても何も変わらないだろう。

ひとそれぞれでいい。自分のやりかたで。

それでいいと思う。

現実的な変化はボクらの子供の世代からでいいと思う。
プラハの春はすぐ散った。
だが20数年後にまた春は来たのだ。

2009年10月1日木曜日

At least you get your foot in the door

腰を痛めました。
歩けなくなるほどに・・・

電気治療とウォーキングのリハビリで小走りぐらいはできるようになりました。
でも気がつくと体をそらして歩いていたり
立った時に「ピキ」っとサインを出してくれます。

このケガはサインだと思います。
体の要をいためてしまう事は、これからの私に対して重要な決断をしろという宇宙からのサインではないかと。

どっちつかずで手広く就職活動をしてみたり、公務員試験を受けてみたり、就職せずに大学院へいこうか考えてみたり。
その他将来の目標につながりそうな道を探してきました。

それでも、「コレだ」と思う道をすんなりと通らせてくれるほど順調でもなく。
自分の目指す方向を既存のモノに押し込めるようにとりつくろっても、そんな道は門前払い。
やきもきする日々が続いていました。

それも腰が治るころには覚悟を決めているでしょう。

At least you get your foot in the door

ついさっき、話した友人がくれた言葉です

2009年6月4日木曜日

島人

 TVほど生産性のないメディアは無いと、帰国して感じました。
見るのはNHKの番組と、キー局のニュース。そして弟の見るドラマ。ぐらいでしょうか。
後は、本か新聞。 そして昔買ったアニメのDVD。 

 本題ですが、日本人は「外国で評価されたモノ=スゴイモノ」という図式から抜け出せていないなーと多くの面で感じます。
「邦画が、海外の映画祭で絶賛された」から「その映画は」すごい。
だとか
「海外で売れた音楽家」だから「その人の音楽は」すごい。
などです。
古くは葛飾北斎。最近では宮崎駿。Boom Boom Satellites。千住博。押井守。などなど。

押井守がアニメファンだけでなく、広く一般に知られる事になったのが「イノセンス」。
攻殻機動隊の劇場2作目です。
映画は売ってなんぼですから、PRしないとしかたがないのですが、悲しい事にこの映画の売り出し方が「この監督は前作『Ghost in the Shell』でアノBillboardでセルビデオランクで1位をとった!」という宣伝の仕方でした。

このやり方がいい、悪いの話ではなく私は日本人の自分達の中にある評価基準が低い事を指摘したい。いや、むしろ個人レベルでのそれがない事に危機感を覚えます。

消費者一人一人、確固たる物差しを持つ事が必要ではないでしょうか?モノを評価する際、「あの人が良いといったからいい」や「すごい文化人が評価してたからいいものだ」という物事の評価の仕方は違うはずです。
でなければ、いつまでたっても日本は海外の情報やトレンドに振り回され、確固たる「日本」を築けないでいるでしょう。

国や日本人としてのよりどころ、「他人がどー言おうが、自分達はコレを自身の源にしている」というものを持っていた方が、今後の文化や人の流入流出の際に解け崩れていかないのではないでしょうか。

しかしここまで考察して、命題を自ら壊してしまいますが、

形あるものにこだわらず常に流れ変わりゆくモノがその日本人としての「確固たるモノ」なような気もします。
茶道の型のように、花道が空間を作り出すように。

しまんちゅうにはなれないのでしょうか。
しかし、うみんちゅうは2度と同じ形をしない波の様に己を表現するでしょう。

2009年5月28日木曜日

焦燥感

 先日、晴れて大学を卒業しました。
アメリカ生活5年でたどり着いた一つの節目です。
ただ、タッセルを左にターンしてもセレモニーというモノの意味深さというのは、日本のそれとはやはり比べ物にならず、実感がありません。
それは、帰国後2週間ほど過ぎた今でもそうです。

アメリカの大学だからどうだとかいう事ではないのですが、やはり私の中では一つの特別な事。
この内面の特別性を意味のあるものとするのは、これからの私の行動と結果です。

2週間、身辺整理をしながら充電をしました。
体の内から出てくる、焦燥感と言いますか「このままでは・・・」という気持ちが私を突き動かそうとしています。

さて、何から始めようか。