2010年1月27日水曜日

Pradaigm Shift

 あけましておめでとうございます。2010年も早1ヶ月も過ぎようというところですが、今年初エントリーです。
 駄文長文です。申し訳ありません。精進します。 

Paradigm Shift(パラダイム・シフト)を理想する。そんな時代を求めるべき時代が来たのだと私は感じている。
 Paradigmとはご存知の方もいるかと思うが、科学史における時代区分の一つの方法論であるが、現代ではそれは技術分野のみならず、政治、経済の分野で広く使われている。
 前エントリーで少し記したが、下らない政争をしていては長期的な国の行く末、その将来にある目的など望めない。
 それに資本主義を変えてなくてはいけない時代がもうすぐそこまで来ている。ネオ・リベラリアン、ケインジアン、はたまたネオ・コン。どの立場にしても「消費」することで動く経済システムの中でのことだ。「消費」することで成長していく(成長しか知らない)経済構造を是正しなくては地球に未来はない。 まずは「消費」と「浪費」を切り離すことからはじめ、その上で、消費の「循環」と「成長」をつなげることが必要である。

例えばナイロン製の衣類を「生産→販売→消費→回収→リサイクル→生産」へ。
   食品を    「生産→販売→消費→(生ゴミ)回収→リサイクル(肥料)→生産」

というように、生産品とリサイクル品が同じ循環なら経済活動としても、環境としても回っていくのではないだろうか。

ペトボトルをフリースのセーターにしてはならないのである。ペットボトルはペットボトルにしなくては。
 私が足りない頭で考えたが、このようなもの以外に思いつかない・・・
資源と経済の効率性を考えた場合、まず間違いなくペットボトルをペットボトルにするよりフリースのセーターにする方がコストは安くなるだろう。だが、フリースのセーターがペットボトルに戻ってくるまでどれだけの数の行程と時間がかかるのだろうか。
少なくとも海や河川の水分が蒸発し、雨になって山に降るよりは時間がかかるだろう。


理想主義は時として行き過ぎたり揺り戻しが大きかったりするなどマイナス面が多々ある。

が。

早急に100年後の資本主義、民主主義のありかたを考え、意見を出す必要が出て来ているのではないか。 今やらなければ100年たってもやらないだろう。

では、何を?
声を上げることだ。多くの人が。
選挙や経済活動ではなく。今のシステムの外側で。

現実はそんなことをしても何も変わらないだろう。
30年経って振り返ってみても何も変わらないだろう。

ひとそれぞれでいい。自分のやりかたで。

それでいいと思う。

現実的な変化はボクらの子供の世代からでいいと思う。
プラハの春はすぐ散った。
だが20数年後にまた春は来たのだ。

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