2009年6月4日木曜日

島人

 TVほど生産性のないメディアは無いと、帰国して感じました。
見るのはNHKの番組と、キー局のニュース。そして弟の見るドラマ。ぐらいでしょうか。
後は、本か新聞。 そして昔買ったアニメのDVD。 

 本題ですが、日本人は「外国で評価されたモノ=スゴイモノ」という図式から抜け出せていないなーと多くの面で感じます。
「邦画が、海外の映画祭で絶賛された」から「その映画は」すごい。
だとか
「海外で売れた音楽家」だから「その人の音楽は」すごい。
などです。
古くは葛飾北斎。最近では宮崎駿。Boom Boom Satellites。千住博。押井守。などなど。

押井守がアニメファンだけでなく、広く一般に知られる事になったのが「イノセンス」。
攻殻機動隊の劇場2作目です。
映画は売ってなんぼですから、PRしないとしかたがないのですが、悲しい事にこの映画の売り出し方が「この監督は前作『Ghost in the Shell』でアノBillboardでセルビデオランクで1位をとった!」という宣伝の仕方でした。

このやり方がいい、悪いの話ではなく私は日本人の自分達の中にある評価基準が低い事を指摘したい。いや、むしろ個人レベルでのそれがない事に危機感を覚えます。

消費者一人一人、確固たる物差しを持つ事が必要ではないでしょうか?モノを評価する際、「あの人が良いといったからいい」や「すごい文化人が評価してたからいいものだ」という物事の評価の仕方は違うはずです。
でなければ、いつまでたっても日本は海外の情報やトレンドに振り回され、確固たる「日本」を築けないでいるでしょう。

国や日本人としてのよりどころ、「他人がどー言おうが、自分達はコレを自身の源にしている」というものを持っていた方が、今後の文化や人の流入流出の際に解け崩れていかないのではないでしょうか。

しかしここまで考察して、命題を自ら壊してしまいますが、

形あるものにこだわらず常に流れ変わりゆくモノがその日本人としての「確固たるモノ」なような気もします。
茶道の型のように、花道が空間を作り出すように。

しまんちゅうにはなれないのでしょうか。
しかし、うみんちゅうは2度と同じ形をしない波の様に己を表現するでしょう。

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