今、ペルーはクスコにいます。
12月18日にペルー入りし、クスコまで長距離バスでえっちらおっちらやってきたしだいです。
ホントはバスチケット買うときに「ナスカ」って言ったつもりが「クスコ」になっていたのは内緒です。
おかげで30時間バスに揺られっぱなしでしたw
バスでクスコまで上がってくる途中、プーノと言う標高4000m弱のところあたりから、高山病にかかり、頭痛と食欲低下とグロッキー状態で、いっそのこと、「クスコまで行かなくてもいいんじゃないか?」とか「なんで、金払ったけどケチらずにナスカで降りなかった?」とかいろいろめぐらせながらいたところ
泣きっ面に蜂とはこのことで、バス酔いです・・・
計4~5回ほど、吐かせていただきました。。
かなりグロい話ができるんですが、ここは割愛させていただきます。
そうして、クスコで高山病と戦いながら(カゼもひいたかも?)明日からマチュ・ピチュです!!
今回の旅メインディッシュ①です。
間違ってクスコまできちゃったけど、結果オーライってことで!!
では
2008年12月22日月曜日
2008年9月7日日曜日
言葉という名の人類の限界
2年前、アウシュビッツ強制収容所を訪れた私は、初めてこの体で受け止めきれない感情の波、衝撃を受けました。心のそこから涙があふれ、哀しみでもない、憎しみでもない、怒りでもない、どうしても言葉が見つからない思いを持ちました。
言葉を持ってしまった人類は、幸福であるのと同時に、自らの限界を設定してしまった。
そう最近人と話をしていて発見しました。
よく「言葉にできない感情」や「言葉では言い表せない」という表現があるように、自分の感情や気持ち、伝えたいことばを的確に表現し切れている言葉あるのでしょうか。
例えば、すばらしい音楽を聴いたときにすっと流れた涙とそのときにこみ上げてきた感情をどう的確に表現するのか。先ほど記したアウシュビッツで受けた感情のように。
言葉を持ってしまったがために、そういう「多くの感情が入り混じった感情」を表現しきれなくなってしまった人類。既存の言葉で表現しようと試みてしまうこと。つまり既存の言葉という四角い枠組みに自らの円くかつ多種多様な形をした感情を押し込んでしまうことの不幸。
もし、その特定の形をした感情を「〇〇」という言葉で表せたなら、人はもっと人と分かり合えるのだろうに。そう感じます。
しかし、それと同時に、その現在は言葉にできない感情を、ある特定の言葉で表してしまったなら、新たな枠組みを作ってしまうことになり、さらに多くの制限を自らに課してしまうことになります。
これが人類の限界なのでしょうか。
ちょっとした、誤解や、misunderstandingでいがみ合い憎み合い、戦争をしてしまう人類の。
言葉を持ってしまった人類は、幸福であるのと同時に、自らの限界を設定してしまった。
そう最近人と話をしていて発見しました。
よく「言葉にできない感情」や「言葉では言い表せない」という表現があるように、自分の感情や気持ち、伝えたいことばを的確に表現し切れている言葉あるのでしょうか。
例えば、すばらしい音楽を聴いたときにすっと流れた涙とそのときにこみ上げてきた感情をどう的確に表現するのか。先ほど記したアウシュビッツで受けた感情のように。
言葉を持ってしまったがために、そういう「多くの感情が入り混じった感情」を表現しきれなくなってしまった人類。既存の言葉で表現しようと試みてしまうこと。つまり既存の言葉という四角い枠組みに自らの円くかつ多種多様な形をした感情を押し込んでしまうことの不幸。
もし、その特定の形をした感情を「〇〇」という言葉で表せたなら、人はもっと人と分かり合えるのだろうに。そう感じます。
しかし、それと同時に、その現在は言葉にできない感情を、ある特定の言葉で表してしまったなら、新たな枠組みを作ってしまうことになり、さらに多くの制限を自らに課してしまうことになります。
これが人類の限界なのでしょうか。
ちょっとした、誤解や、misunderstandingでいがみ合い憎み合い、戦争をしてしまう人類の。
2008年1月6日日曜日
~人の死とその遺志〜
昨年の3月、私は一人の意思ある人と二言三言、言葉を交わさせていただきました。
それは"What are you studying?" "Good Luck." とどこにでも転がっていそうな言葉ではあったけれども、私がしたいと思っている仕事に近い仕事をしようとしている彼女にそういう言葉をかけていただいた事は、とても励みになりました。
昨年の3月中旬、私の大学に Benazir Bhutto氏が講演にいらっしゃいました。彼女は亡き父の遺志を継ぎ、亡命生活に終止符を打ち彼女が育だち、子供たちを育てたい土地へと舞い戻り、彼女の成すべきをとをする、とおっしゃっていました。
生徒会(のようなもの)に参加している私は講演後のレセプションに参加させてもらいました。そこで、上に書いたような言葉をいただいたのですが、とても落ち着いた方で気品にあふれ堂々としていました。
それから、1年もしないうち彼女は故郷に戻り、そして亡き人となりました。
非常に残念なのは言うまでもなく、「彼女がなくなったからパキスタンの政権安定化は何年先になった」とか「パキスタンの民主化は暗礁に乗り上げた」だとかそういうことではなく、一人の意思ある人間が亡くなったということが、私にとってはたまらなく残念で、悲しくあります。
たった二十数年しか生きていない私ですから、「話をした事がある人」の死を身近にした事があまりありません。 ただただ御冥福を祈るばかりです。
暗殺の実行犯はアル・カイダと何らかの関係があるという報道が大体の見方ですが、真相はすでに闇の中。
どんなに、悲しんでもshow must go on。
一刻も早いパキスタンの安定化が彼女への手向けになるはずです。
それは"What are you studying?" "Good Luck." とどこにでも転がっていそうな言葉ではあったけれども、私がしたいと思っている仕事に近い仕事をしようとしている彼女にそういう言葉をかけていただいた事は、とても励みになりました。
昨年の3月中旬、私の大学に Benazir Bhutto氏が講演にいらっしゃいました。彼女は亡き父の遺志を継ぎ、亡命生活に終止符を打ち彼女が育だち、子供たちを育てたい土地へと舞い戻り、彼女の成すべきをとをする、とおっしゃっていました。
生徒会(のようなもの)に参加している私は講演後のレセプションに参加させてもらいました。そこで、上に書いたような言葉をいただいたのですが、とても落ち着いた方で気品にあふれ堂々としていました。
それから、1年もしないうち彼女は故郷に戻り、そして亡き人となりました。
非常に残念なのは言うまでもなく、「彼女がなくなったからパキスタンの政権安定化は何年先になった」とか「パキスタンの民主化は暗礁に乗り上げた」だとかそういうことではなく、一人の意思ある人間が亡くなったということが、私にとってはたまらなく残念で、悲しくあります。
たった二十数年しか生きていない私ですから、「話をした事がある人」の死を身近にした事があまりありません。 ただただ御冥福を祈るばかりです。
暗殺の実行犯はアル・カイダと何らかの関係があるという報道が大体の見方ですが、真相はすでに闇の中。
どんなに、悲しんでもshow must go on。
一刻も早いパキスタンの安定化が彼女への手向けになるはずです。
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